就学率

明治四〇年三月小学校令改正によって義務教育年限が六か年に延長されたことを受けて翌四一年六月、就学不振を案じて訓令第二五号で学齢児童就学事務心得を市長村長あて通達したが、県全体としては義務教育の年限延長に伴って心配された就学不振は杞憂に過ぎず、児童の就学数は一般に良好であった。当時の各小学校では、年限延長によって就学児童数が減少するという顕著な変化はみられなかったが、就学率と比較すると首席率が低かった。とりわけ女子は、高学年になるにつれて就学率、出席率ともに低くなっている。女子の就学率については、これまで県、市町村とも一体となって就学運動を続けて来た経緯があり、三〇年代から四〇年代にかけて就学率は九四%以上となったが、郡市によってはまだ貧困、病などを理由に就学義務の免除や猶予を願うものが多く、また、就学はしても欠席を続けるものもみられ、女子の就学については、就学奨励のための指導と努力が必要であった。

就学率