尋常小学校

明治二三年一〇月三〇日、「教育ニ関スル勅語」が発布された。教育勅語は、国民道徳及び国民教育の根本理念が明示されているとして、これ以後教育勅語は修身、日本歴史、地理の科目などにより全教育活動を通じて国民の間に根をおろすようになった。特に、修身教科書はその趣旨を徹底させるためにもちいられるようになっていったが、勅語謄本を全国の学校に配布して行事のたびに勅語奉読をおこない、児童生徒にも暗誦させていったのである。明治三三年に入って小学校令の全面改正がおこなわれた。尋常小学校は四年に統一され、その必修科目は修身、国語、算術、体操の四科目とし、就学の始期を四月、終期を三月末日とし、学年制の採用を明確にした。また、義務教育の要件を定め、授業料の徴収を原則として廃止した。学校の教室の大きさとして長い間親しまれてきた幅四間長さ五間二〇坪の基準規格が定められたのも明治三三年の改正の際であり、教室南面、北廊下方式の画一的な校舎方式が整えられたのもこのころからであった。なお、明治三三年の改正で実施できなかった義務教育の年限延長は、明治四〇年三月にいたって尋常小学校の修業年限を六か年に延長することとし、尋常小学校六年、高等小学校二年の修業年限は昭和一六年三月の国民学校令の公布を経て戦後の新教育制度になるまで継続されていくのである。

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